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伊丹アイフォニック 文化サロン

 10月26日(月)の夜に伊丹アイフォニック文化サロンの話題探訪の講座でお話しさせて頂きました。お題は『季節の和菓子と和の心』です。90分の講座の中で、「砂糖の伝来とそれがどの様に日本各地に広まったか?」との御質問を頂戴しました。

 私の知る範囲では、西暦754年頃に鑑真和尚が唐の国から黒糖を持ってこられたと云う事くらいでしたので、この質問を持ち帰り ちっと、お勉強させて頂きました。それは・・・・・

 そもそも白砂糖は、黒糖を精製したものです。遣唐使であった鑑真が黒糖を日本に持ち込んでから1000年後の1727年、徳川吉宗が白砂糖の精製、製造の足掛かりを築いたのです。それは、琉球からサトウキビの苗を取り寄せ現在の浜離宮、江戸城のなかの吹上園中で試に栽培させたのです。なえの一部は、葛飾郡砂村新田、橘樹郡大師河原村そして駿河や長崎にも分けられました。ただ、今度は失敗しました。その約25年後に平賀源内が上質の白砂糖である三盆白を大坂の問屋・中島屋喜四郎に製造・精製を依頼したとあります。その製糖法は、1764年に本をを出版することで完成したのでした。要するに八代将軍吉宗が、日本のいろいろな地方でサトウキビの苗を試験栽培させた結果、日本全国で砂糖が作られる様になったと考えられます。

以上ですが、お答えになりましたでしょうか?

 90分の講座時間でしたが、和やかな雰囲気で包んでくれる、とても素敵な建築のホールでした。受講生の皆様には、とても熱心に取り留めの無い私の話をお聴き頂き嬉しゅうございました。また。そして、御礼状まで頂戴した方にはこの場を借りてお礼申し上げます。ありとうございます。

感謝

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